神話と宮崎 Story 編

前のページで神話と宮崎の繋がりは古事記・日本書記に示されています、とザックリと説明しました。

☆ここからは 神が国を作り、天照大御神が生まれ、邇邇芸命が高千穂に降臨し、神武天皇が御船出(東征)するまでのStory を簡単にお伝えします。

どうやって日本ができたか(神話の世界)一緒に学んでいきましょう!

1.はじまり

高天原(タカマノハラ)の神々から国土を固めるように委任された伊邪那岐命(イザナキノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)。二人は天浮橋に立って、天沼矛(アメヌホコ)を海水にいれてかき混ぜると、オノゴロ島ができました。

2.「国生み」

二人はオノゴロ島に降り立ち、最初に淡路島、続いて四国、隠岐島、九州、壱岐島、対馬、佐渡島、本州を生みました。

3.「神生み」伊邪那美の死

日本列島を生んだ後、神々を生みます。そして、火の神・迦具土神(カグツチノカミ)を生んだ時に伊邪那美命は大やけどを負い、命を落としてしまいます。

4.「黄泉の国」

伊邪那岐命は亡くなった妻を連れ戻そうと死者のいる「黄泉の国」に向かいます。そして、伊邪那美命がいる御殿の前で「帰ってきて欲しい」と懇願します。

伊邪那美命は「黄泉の国の食べ物を食べて穢れてしまったけれど、この国の神々に帰れるように頼んでみます。その間、こちらを覗かずに待っていて下さい」と告げました。しかし、待ちきれなくなった伊邪那岐命は部屋に入り火を灯します。すると伊邪那美命は醜く崩れた姿になっており、それを見た伊邪那岐命は恐れ、慄(おのの)き慌てて逃げ出しました。

5.「黄泉比良坂」にて

激怒した伊邪那美命は魔物たちに後を追わせます。ようやく黄泉の国の入口、黄泉比良坂(よもつひらさか)にたどり着き、大急ぎで入口を千引岩でふさいで離縁を告げました。

6.人の寿命

そこで伊邪那美命は「あなたがつくった人間を毎日1,000人ずつ殺そう」と言いました。伊邪那岐命は「それならば私は日に1,500人の子どもをつくろう」と答えます。これは生まれてくる子どもと、老齢で亡くなる高齢者の寿命のことを表していると言われています。

7.三貴子の誕生 天照大御神、月読命、須佐之男命

黄泉の国から地上に戻った伊邪那岐命は「何と穢れた国に出かけていったことだろう。身を清める為に禊を行おう」といって、宮崎の阿波岐原(あわぎはら)という場所で禊祓いの儀式を行いました。すると投げ捨てた杖や帯、嚢(ふくろ)、衣類や腕輪等から次々に神が生まれました。水に潜って身を清めるとまた神が生まれました。最後に、左目を洗っているとき生まれたのが太陽神・天照大御神(アマテラスオオミカミ)、右目を洗っていると生まれたのが月読命(ツクヨミノミコト)、鼻を洗っているときに生まれたのが須佐之男命(スサノオノミコト)でした。

そして、伊邪那岐命は「天照大御神には高天原を、月読命には夜の食国(おすくに)、須佐之男命には海原をおさめよ」と命じました。

8.天岩戸神話

高天原の統治を託された天照大御神の元に須佐之男命がやってきます。伊邪那美命に会いたい言って父・伊邪那岐命の怒りを買い、根の国に追放された為、その事情を説明するためでした。そこで天照大御神とのやり取り後(中略)、調子に乗った須佐之男命は天照大御神の田の畦や用水を壊し、神殿に汚物をまき散らして穢すなどの乱暴狼藉をはたらきます。そして、ついに機織女(はたおりめ)が死ぬという事件を起こしてしまいました。

それを見た天照大御神は天の岩屋(宮崎県高千穂町)に引きこもってしまいました。高天原も葦原中国も闇に包まれ、悪神が世にはびこるようになりました。そこで岩屋に集まった八百万の神は、祭儀を催すことを決定。準備が整ったところでアマノウズメが胸をあらわに踊りだす・その姿に神々は一斉に笑い、大歓声を上げました。外の様子が気になった天照大御神は岩戸を少し開け、身を乗り出します。そこへ待ち構えていた神々を天照大御神を引き出し、岩屋を封印したとされています。こうして太陽が戻り、高天原も葦原中国も明るさを取り戻しました。

その後、須佐之男命は天界を追放され葦原中国におります。そこで八俣の大蛇を退治して、出雲に宮殿を築いて子孫を残します。因みに八俣の大蛇を退治した尾から出てきたのが「草薙の剣」です。それを天照大御神に献上。退治するときに使ったのが十拳剣(とつかのつるぎ)です。乱暴狼藉をはたらいていた荒ぶる神は、八俣の大蛇を退治してヒーローになっていきます。

9.国造り

その後、須佐之男命の娘と結婚した大国主命が国造りを行います。大国主命は稲葉の素兎(しろうさぎ)を助けた人物でもあります。※白兎ではなく、素(皮を剥がれ、激痛の身体をもとの状態にする)兎という意味

10.国譲り 大国主命→天照大御神に国を譲る

これまで独自の繁栄を築いてきた出雲。天照大御神は高天原からこの様子をみていました。本来、地上は天界が統治するもの。追放された須佐之男命の子孫が国を治めてはいけないと大国主命に第一の刺客、第二の刺客を送りました。しかし、うまく大国主命に取り込まれて成果が出ず、失敗。そして、第三の刺客 刀が変化して生まれたとされた武神:建御雷神(タケミカヅチノカミ)、超武闘派が国譲りを迫ります。大国主命の子、建御名方神(タケミナカタノカミ)と争った際は、自らの手を剣の刃に変化させ恐怖させ圧倒的な強さで追い詰め命乞い迫ったほどです。古事記の神々の中でも特別な神で、ファンも多いようです。因みに茨城の鹿島神社に祀られています。

ついに大国主命は天照大御神に国を譲ることになります。大国主命は国譲りの際、「千木が高天原に届くほど高い宮殿を建ててほしい」と要求します。その神殿こそが出雲大社だったと言われています。

11.天孫降臨

大国主命が国譲りを承諾、その後 孫の邇邇芸命に「豊葦原の水穂国は、そなたが治める土地である。命令に従って天から地上に降りなさい」と命じます。

そして猿田毘古神を先導役に三種の神器を携え、地上に降り立ったとされます。

竺紫の日向の高千穂のくじふるたけに天降りましき <「古事記の言葉>

「邇邇芸命は筑紫(九州)の日向にある高千穂の霊峰に降り立った

12.邇邇芸命の結婚

邇邇芸命が笠沙の岬(延岡の愛宕山?)を訪ねた際に美しい女性と出会います。木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)といい、すぐさま求婚をしました。父の大山津見神(オオヤマツミカミ)は大喜びし、姉の石長比売も一緒に差し出しました。しかし、石長比売は醜い顔をしていたので送り返して、佐久夜毘売とだけ契りを結びました。これを深く恥じた大山津見神は「石長毘売と一緒ならあなた様の命は揺るぎないものになったでしょう。しかし、佐久夜毘売とだけ一緒なら、命は花のようにはかなくなるでしょう」

このことで天皇は永遠の生命を失ってしまったとされています。

邇邇芸命と木花之佐久夜毘売の子は火照命(海幸彦:兄)、火須勢理命、火遠理命(山幸彦:弟)の3人で、海幸彦と山幸彦はあまり仲良くありません。

ある日、山幸彦は海幸彦から釣針を借りて魚釣りをしますが、針を無くしてしまいます。兄:海幸彦が執拗に「元の釣針を返せ」と迫ってきます。困った山幸彦が海辺に行くと塩椎神(シオツチノカミ)が現れ海神・綿津見神(ワタツミノカミ)の宮殿へ行くように勧められます。そこで海神の娘、豊玉毘売(トヨタマヒメ)と恋に落ちます。そして、結婚。3年後、戻った山幸彦は海神の力を借りて海幸彦(兄)を屈服させることに成功しました。

綿津見神の宮から戻った山幸彦が宮殿を建てたとされるのが宮崎市の青島で、豊玉毘売が山幸彦の子を生んだとされているのがに日南市にある鵜戸神宮です。

ここで生まれたとされるのが、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)は神武天皇の父となる神様です。

こうして生まれた神武天皇はは兄・五瀬命(イツセノミコト)とともに東征を開始します。出立した場所が日向市美々津。この神武東征はヤマト王権が成立する重要な物語として「古事記」と「日本書紀」で詳細に語られています。

このように宮崎は神話と天皇家と所縁の深い魅力的なところなのです。

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